11月13日(金)「雨あがる」

「雨あがる」('01・東宝)監督:小泉尭史 原作:山本周五郎 脚本:黒澤明 撮影:上田正治 美術:村木与四郎 音楽:佐藤勝 監督補:野上照代 出演:寺尾聰/宮崎美子/三船史郎/吉岡秀隆/原田美枝子/壇ふみ/井川比佐志/加藤隆之/松村達雄/仲代達矢
★故・黒澤明監督が山本周五郎の短編をもとに書いた遺稿を、黒澤組のスタッフたちが映画化。剣の達人でありながら人の良さが災いし、思うように仕官できない浪人をユーモラスに描く。堅苦しくなく、見終わった後に爽快な気分になれる良質の時代劇。お人好しの浪人を寺尾聰が好演。宮崎美子三船史郎吉岡秀隆原田美枝子仲代達矢共演。享保の時代。浪人の三沢伊兵衛とその妻は、長雨のため安宿に居を構えた。ある日、若侍の諍いを難なく仲裁した三沢は、通りかかった藩主・永井和泉守に見そめられ城に招かれる。三沢が剣豪であることを知った和泉守は、彼を藩の剣術指南番に迎えようとするが…。<allcinema>


◎三沢伊兵衛は若き日に勘定方の仕事に嫌気がさして故郷を脱藩し、江戸で無外流の辻月丹に師事して達人になりながらも、何処の藩に仕えても長続きしなかったと語られる。こんな人の良さげな男がどうして周囲と折り合って職務を続けることが出来なかったのか。観客が抱く疑問は、賭け試合で負けた恨みを晴らそうと町道場の面々が、仕官の望みを絶たれて下城してきた伊兵衛を待ち伏せする凄まじい殺陣のシ−ンで氷塊する。伊兵衛の腹の裡でふつふつと滾る怒りのマグマの熱さは、人の良さにカモフラ−ジュされているだけに一旦噴き出すと止め処がなくなるのである。この多数を相手にした接近戦の殺陣の凄さは空前絶後の剣戟であった。伊兵衛を演じるにあたって寺尾聰は実際に無外流の師について学び、四ヶ月という短期間で振り下ろす木刀に空を切り裂く音を出さすまでになった。しかし、寺尾によれば、師の木刀はゆっくりと振り下ろされても空を切ったという。呑気呆亭

11月12日(木)「午後の遺言状」

午後の遺言状」('95・日本ヘラルド)監督・原作・脚本:新藤兼人 撮影:三宅義行 美術:重田重盛 音楽:林光 出演:杉村春子/乙羽信子/朝霧鏡子/観世栄夫/瀬尾智美/松重豊
★老女優が避暑に訪れた先で過ごすひと夏を描いて、生きることの意味を問う人間ドラマ。監督は名匠・新藤兼人杉村春子と共演した夫人の乙羽信子は本作が遺作となった。夏、蓼科の別荘に避暑にやってきた老女優、蓉子。彼女をその別荘で迎えるのは農婦の豊子。もう30年もの間続いてきた光景だ。言葉は乱暴だが、仕事はきっちりこなす豊子に蓉子は信頼を寄せている。そして、今年の夏もいつも以上にいろいろなことが彼女たちを待っていた。<allcinema>

◎題名と新藤兼人作品ということで録画しておきながら長いこと敬遠していたのだが、いやあ、面白い!面白かった。新藤さんの映画では一番面白い作品ではないだろうか。静かな蓼科の別荘に次々に起こる事件が戯画的に描かれて笑わせてくれるし、民俗学的な足入れ婚やら海から黒子に担がれて上がってくる心中した夫婦を納めたダブルサイズの棺桶やらの描写が大駱駝館の参加で前衛的な面白さがあったりして、監督のサ−ビス精神が感じられて好ましかった。しかしこの映画の何よりもの面白さは、杉村・乙羽・朝霧というベテラン女優たちの激しくはないが互いに時空を自在に巡るサスペンスを秘めた丁々発止の演技合戦であった。流石!と言わざるを得ない。呑気呆亭

11月11日(水)「大誘拐 RAINBOW KIDS」

大誘拐 RAINBOW KIDS」(91・東宝)監督・脚本:岡本喜八 原作:天藤真 撮影:岸本正広 美術:西岡善信/加門良一 音楽:佐藤勝 出演:北林谷栄/緒形拳/風間トオル/内田勝康/西川弘志/神山繁/水野久美/岸部一徳/田村奈巳/樹木希林
★「独立愚連隊」「ジャズ大名」の岡本喜八監督が、3人組の若者に誘拐された老女が、それを逆手に若者たちを手玉にとって事件に関わる人々を翻弄するさまを描いた痛快コメディ。ある夏の日。大富豪の老女が3人の若者グループによって誘拐される。誘拐の報に、老女を生涯最大の恩人と慕う凄腕の警部が捜査に乗り出す。一方、誘拐犯が要求しようとしていた身代金が5千万と知った老女は激昂、百億にしろと言い放ち、3人を従え、自ら身代金強奪の指揮をとり始める……。主演の北林谷栄が快活で人間味あふれる老女を好演、この年の映画賞を総ナメした。<allcinema>

◎これはまず天藤真の原作がスケ−ルが大きくて面白い。その原作の面白さを岡本喜八が存分に生かして映画にしてくれた。作品の成功はキャスティングにあると言われるが、まさにこの作品にはピタリと当てはまる。大富豪の老女の北林谷栄の智略、母親を誘拐されて結束する神山以下の家族。そして辣腕の警部役の緒形拳。それぞれに適役で活躍してくれるのだが、群を抜いて存在感を見せるのは農婦役の樹木希林である。最初の登場が勢い余ってタンスを押し倒す力持ちのギャグで笑わせてくれて、主家の刀自への絶対の信頼感からすべてを呑み込んで見せる腹の据わった女の、ユ−モラスでありながらも強靱な生活者の存在感を画面に刻みつけて見せてくれたのだった。呑気呆亭

11月7日(土)「ラヴ・ストリ−ムス」

「ラヴ・ストリ−ムス」('84・米)監督・脚本:ジョン・カサヴェテス 原作・脚本:テッド・アレン 撮影:アル・ル−バン 音楽:ボ−・ハ−ウッド 出演:ジ−ナ・ロ−ランズ/ジョン・カサヴェテス/ダイアン・アボット/リサ・マ−サ・ブルイット/シ−モア・カッセル
★'81年に上演された同名劇の映画化で、舞台版ではカサヴェテスの演じたロバート役はジョン・ヴォイトだった。脚本は戯曲の作者T・アレンとカサヴェテスの共作で、第一稿は「特攻大作戦」の撮影終了後書き上げられていたというから、20年越しの企画である。関心を持っているのは愛であり、それを失うこと、と言いきるカサヴェテス作品の主題が最も露骨に出た、見応えは充分だがかなりヘビーな作品。
ロバートは離婚歴のある、現代人の孤独や愛を描く人気作家。次回作を書くためハリウッド郊外の家に秘書や若い女友達らと奇妙な共同生活を送っていた。姉のサラ(ローランズ)は15年連れ添った夫ジャックと離婚に踏み切り、一人娘の養育権をめぐって協議を重ねていたが、娘は母との同居を拒み、彼女は発作を起こしてしまう。精神科医に勧められ出かけたヨーロッパでも憂さは晴れず、姉は久々に弟を訪ねる。その頃ロバートは、先妻との子アルビーを預かるが、実の息子にどう接するべきか皆目分からないでいた。留守を姉に頼んで、息子とラスベガスに向かったロバートだが、彼を置いて街に繰り出してしまい、翌朝になってホテルに帰ると、息子は母に会いたいと泣き叫んだ。早速、先妻の所へ出向いた二人だが、彼女の現在の夫にロバートは手ひどく殴られ、落胆し家に帰る。一方、サラは初めて自ら異性を求め出かけたボーリング場でケンという若者と出会い、明るさを取り戻すが、娘からの電話でまたも傷つく。彼女は電話口に夫を呼び出し尋ねた。愛は流れ続けるものか、と。そこへ割り込んだロバートは義兄をなじる。翌朝、目覚めた彼の見たものは大量の猛獣や珍獣。潰れた動物園から姉が買い取った動物たちだ。明らかに姉の様子はおかしい。が、その夜、大雨の中、ケンと共に家を出ていく彼女を彼は引き止めることが出来ないのだった…。ベルリン映画祭グランプリ受賞。<allcinema>

◎主人公ロバ−トが酒場で唄っていた歌手を口説き落とそうとして、立ち去ろうとする彼女の車の運転席に強引に割り込み、蹴られても叩かれてもハンドルを離そうとせず、遂に根負けした歌手を乗せて酔っ払い運転で家まで送り届け、送ろうとして階段から蹴落とされ、額から血を流しながらもなおもめげずに這い上がろうとする姿を見て、歌手はとうとう笑ってしまって家に入ることを許すシ−クエンスがある。ここを見ていてこのくどいほどの強引さと粘りこそが監督ジョン・カサヴェテスの真骨頂でありまたスタイルでもあるなと思ったのだった。そのスタイルを貫いてカサヴェテスは数々の愛の物語を創ってきた。この粘液質のスタイルは他に類を見ないほどのモノであり、カサヴェテスを一種奇態な非作家としたようだ。同伴者でアリ共犯者でもあるジ−ナ・ロ−ランズとジョン・カサヴェテスがこの作品に定着しようとしたのは、人間存在の絶対の孤独と愛という得体の知れぬモノだった。ラスト近くで見せたロ−ランズのゾッとするような喪失感に拉がれたマスクがトラウマとして残ってしまいそうな予感がある。呑気呆亭

11月6日(金)「イヤ−・オブ・ザ・ドラゴン」

「イヤ−・オブ・ザ・ドラゴン」('85・米)監督・脚本:マイケル・チミノ 原作:ロバ−ト・デイリ− 脚本:オリバ−・スト−ン 撮影:アレックス・トムソン 音楽:デヴィッド・マンスフィールド 出演:ミッキ−・ロ−ク/ジョン・ロ−ン/アリア−ヌ/ビクタ−・ウォン
★ハリウッド史に残る興行的失敗を喫した「天国の門」('81)のM・チミノが、やっと撮れた新作。ニュ−ヨ−クの中国人街にはびこる非合法組織チャイニ−ズ・マフィアの内幕に迫る。原作は元NY市警刑事ロバ−ト・デイリ−の同名ベストセラー小説。中国人マフィアのドンが殺された。後バマを狙う若い幹部ジョ−イ・タイは急進的に麻薬組織を変えようとする。強引で帽子好きの新任部長刑事スタンリ−・ホワイトは女性TVレポ−タ−や新人中国人刑事の協力を得、身の危険を冒して組織壊滅に挑む。ジョ−イに扮したJ・ロ−ンは静かな演技ながら圧倒的存在感を発揮。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎初見時にはジョン・ロ−ンの非情な存在感にかなりの衝撃を覚えたのだったが、今回見直してみて、ミッキ−・ロ−クの伊達な存在感に痺れた。それにしても物語をロ−ンとロ−クの突っ張り合いに矮小化させてしまって、ニュ−ヨ−クという都市とその一角に食い込んでいる中国人街というものの疫学的な意味にまで踏み込めなかったのは、マイケル・チミノにしては不満な出来の映画ではあった。呑気呆亭

11月5日(木)「ロ−ザ・ルクセンブルグ」

「ロ−ザ・ルクセンブルグ」('85・西独)監督・脚本:マルガレ−テ・フォン・トロッタ 撮影:フランツ・ラ−ト 音楽:ニコラス・エコノモ− 出演:バルバラ・ズコバ/ダニエル・オリブリフスキ/オット−・ザンダ−
★19世紀末から第一次世界大戦にかけてベルリンを舞台に活動した女性革命家、ロ−ザ・ルクセンブルグの伝記映画。大戦に際し反戦を唱え、'19年に右翼軍人に虐殺されるまでのドラマチックの人生を行動的な活動家、そして女性としての側面から描く。女流監督フォン・トロッタの力作。
(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎前半のヒステリックに喚き立てるロ−ザにはやや辟易したが、刑務所に入ることによって小さな自然の美しさに目覚めるあたりから、ロ−ザの言葉に深味が増してくる。しかし一貫して違和感を覚えるのはロ−ザの身辺に常に家政婦が居る生活には貴族性が付きまとっていて、その彼女の口から発せられる大衆という言葉だった。刑務所でも何故か特別扱いされていて、書斎やガ−デニングの敷地まで与えられているのにはぶったまげた。などと色々違和感を覚えながらラストの虐殺まで見終えて、権力というものの不気味さと何時の世にも変わらぬ陳腐さを思い知ったのだった。呑気呆亭

11月4日(水)「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」

マイライフ・アズ・ア・ドッグ」('85・スエ−デン)監督・脚本:ラッセ・ハルストレム 原作:レイダル・イェンソン 脚本:レイダル・イェンソン/ブラッセ・ブレンストレム/ペ−ル・ベルイルント 撮影:イェリン・ペルション 音楽:ビョラン・イスフェルト 出演:アントン・グランセリウス/マンフレド・セルネル/アンキ・リデン/レイフ・エリクソン/メリンダ・キンナマン
★主人公のイングマル少年は、兄と病気の母親、愛犬シッカンと暮らしている。父親は、仕事で南洋の海に出かけたままずっと帰ってこない。人工衛星に乗せられて地球最初の宇宙旅行者になったあのライカ犬の運命を思えば、どんな事だってたいしたことはないと考えるのが彼の人生哲学だ。やがて夏になり、母親の病状が悪化。イングマルは一人、田舎に住む叔父の元に預けられることになる。その村の住人は、一風変わった人ばかり。街に置いてきたシッカンのことが気になるものの、男の子のふりをしている女の子・サガとも仲良くなり、毎日を楽しく過ごすイングマルだったが…。
 50年代末のスウェーデンの海辺の小さな町と山間のガラス工場の村を舞台にしたこの映画は、母親の死、愛犬との別れ、また家族はバラバラになってしまうという展開で進みながらも、実にあたたかい視線で描かれている。それはこのハルストレム監督の人間に対する眼差しによるものだろう。悲劇的な要素を交えながらも、主人公の友人や村の人々との出会いを通して、人生そのものをユーモア豊かに、みずみずしい美しさを全編に漲らせて、実に心温まる作品に仕上げている。主人公を演じるA・グランセリウス少年の、何とも言えない不思議な魅力溢れる笑顔が、この作品の持つ“人生”の楽しさ、悲しさをまとめて語っているのも、“温かさ”の大きな要因のひとつだろう。傑作である。<allcinema>

◎好きな女の子から無情にも愛犬の殺戮を知らされたイングマルは、死ぬと分かっている宇宙にライカ犬を打ち上げる無情な人間の世の中に決別して、ニンゲンの言葉を発しない存在(犬)に成り切ってしまおうとする。これまで堪えてきた不条理の数々が遂に彼を狂気に追いやったのだ。そのイングマルを救ったのは村のガラス工場の人々の優しさと、厳寒の池に飛び込んだ変なオジサンを総掛かりで救おうとする村の人々の底抜けの善意であった。呑気呆亭