9月9日(火)「審判」

「審判」('63・仏)監督・脚本:オ−ソン・ウエルズ 原作:フランツ・カフカ 撮影:エドモン・リシャ−ル 音楽:トマゾ・アルビノ−ニ 出演:アンソニ−・パ−キンス/ジャンヌ・モロ−/ロミ−・シュナイダ−/オ−ソン・ウエルズ/エルザ・マルティネリ
★原作は名高きカフカの不条理文学で、これを現代の物語として、コンピュータ(と言っても巨大な代物で、いま観ると隔世の感があるが)に管理される人類を予見する作品に映像化したウェルズは、やはり、凡人の二、三歩先を行っていた。主人公ジョゼフ・K(パーキンス)の働く銀行を見よ。「モダン・タイムス」のヴァリエーションとは言え、「未来世紀ブラジル」のオフィスの元ネタは明らかにここにある。無数の机が並び、無言で背を向けてタイプを打つ行員たち。ジョゼフはここの管理職なのだが、ある朝、身に覚えのない罪で“逮捕”を宣言される。しかし、拘束されることはなく、就業時間後開かれる審理に出席。傍聴人すら仕込まれており疑心暗鬼に陥る。叔父マックスが紹介する弁護士ハスラー(ウェルズ)も裏では当局とつながっており、ジョゼフはその付添いの看護婦と刹那的な情事に耽り逃避するが、彼女は“男なら誰とでも”と自ら言うような女で、彼を惑乱させる。そして、いつしか刑事たちに連れ回された荒地で彼の処刑は執行される。原作の悪夢の感覚を見事に視覚化して、例えば、銀行の扉を出て廊下を往くとそこは既に裁判所などという空間の歪曲や、賄賂を要求したので告発した刑事が鞭打たれる場に居合わす場面自体の歪みなど、実に先鋭的。ハスラーに言われ訪ねた、肖像画家ティトレリーの鳥かごのようなアトリエの光の乱舞する幻惑的光景も素晴らしい。全編にアルビノーニの“アダージョ”が荘厳と響き、心の渇きをいや増させる悲痛な作品。J・モローは始めの方、主人公の憧れる二流の踊り子として登場。これも、「フォルスタッフ」の彼女のように出番は少ないが印象深い。<allcinema>

◎弁護士ハスラーの付き添い看護婦を演じたロミ−・シュナイダ−の淫らな存在感が素晴らしい。この女優さんがこんな強烈なオ−ラを放って演技したのは、後にも先にもなかったのではなかろうか。物語はカフカとウエルズが取っ組んだのだから分かり辛いのは仕方がないところだが、カメラと美術が素晴らしいので、まさにボクラがベッドの中で輾転反側して垣間見る「悪夢」の映像化に成功している。中でも恐ろしかったのはジョゼフ・Kが肖像画家ティトレリーの鳥かごのようなアトリエに上がって行くシ−ンで、彼の後をけたたましく追いかける少女たちの異様さであった。この「悪夢」は必ずこれからもこの映画を見た観客の夢の中に幾度も登場するに違いない。呑気呆亭