5月15日(木)「ピアニストを撃て」

ピアニストを撃て」('60・仏)監督・脚本:フランソワ・トリュフォー 原作:デビッド・グ−ディス 脚本:マルセル・ム−シ− 撮影:ラウ−ル・クタ−ル 音楽:ジョルジュ・ドルリュ− 出演:シャルル・アズナブ−ル/マリ−・デュボア/ニコ−ル・ベルジュ/ミシェ−ル・メルシェ/アルベ−ル・レミ−
トリュフォーの長篇二作目は、敬愛するJ・ルノワール作品の女性賛美と奔放な享楽的タッチからの影響を、彼の大好きなアメリカB級ノワールの形に結実させた、軽妙な愛の悲喜劇。
夜のパリの裏町を男が走る。確かに追われているようだが、電柱に頭をぶつけて転んだ所を助けてくれた、人の良さそうな立派な体格の紳士と“幸福な結婚と家庭”についてしばし話し込む。この人を喰った開幕からして、トリュフォーゴダールとは違った、(今の言葉で言えば)脱構築の狙いが察することができる。あるカフェに逃げ込んだ男は、そこのピアノ弾きシャルリ(アズナブール)の長兄シコーだった。彼は次兄のリシャールと共に山高帽の二人組と組んでギャングを働いたが、その金を二人占めして追われていたのだ。シコーを門前払いしたシャルリには孤独の影がつきまとう。そんな彼に思いを寄せるウェイトレスのレナ(デュボワ)に店主は横恋慕していた。シャルルは末弟フィドと二人暮らし。隣室の娼婦に弟の世話を焼いてもらっている。ある夜、優しいレナにほだされて一夜を共にしたシャルリはその苦い過去を回想する。かつてエドワール・シャイヨという国際的ピアニストだった彼には女給をする愛妻がいた。が、その客だったプロモーターが彼女と関係を持ったがため自分の成功があるのを知った彼は、許しを乞う妻を拒み、そのため妻は自殺したのだ。それでただでさえ臆病な彼は一層心を閉ざして、今の境遇にあった。翌朝、山高帽の二人が彼を訪ねる。店主の密告で住所を知ったのだ。これに怒って店主を訪問した彼は取っ組み合ううちち、店主のかざしたナイフで逆に向こうを刺してしまう。レナたちに匿われたシャルリは山高帽たちにフィドが人質に取られたのを追ってスイス国境の雪山へ。そこでは既に兄たちと連中で撃ち合いが始まっており、はかなくもレナはその犠牲となる……。意欲的な技巧の空回りする所も見られるが、盛り込まれたささやかなギャグが実に楽しい。<allcinema>

◎最初にこの作品に出会ったことでボクはトリュフォ−派になった。卑見だがフランス映画好きにはゴダ−ル派とトリュフォ−派があると思う。ゴダ−ル派は彼のしち面倒くさい持って回った物言いが何とも言えずお気に召すようで(この言い方には悪意が有るか?)、トリュフォ−派は理屈より何より映画は面白ければ良いんだという偏った性格の連中が多いようだ。この作品にしても、主人公の弾くピアノの音色に彩られて展開する物語はフイルムノワ−ルの体裁を借りながら、充分に蓄積したサイレント映画の素養を存分に駆使して、トリュフォ−は奇妙な可笑し味のある映画に仕上げている。物語の筋とはまったく関係のない対話やカットが随所に挿入されるのは、レオス・カラックスを思わせ、主人公を付け狙う殺し屋のコンビは後年のブル−ス・ブラザ−スに先駆する典型を造形している。こんな映画の面白さをゴダ−ル派は解るのかねぇ・・・。呑気呆亭