5月14日(水)「かくも長き不在」

「かくも長き不在」('60・仏)監督:アンリ・コルピ 脚本:マルグリット・デュラス/ジェラ−ル・ジャルロ 撮影:マルセル・ウェイス 音楽:ジョルジュ・ドルリュ− 出演:アリダ・バリ/ジョルジュ・ウイルソン/ジャック・アルダン
アラン・レネ監督の「二十四時間の情事」などでフランス映画界の名フイルム編集者として知られたアンリ・コルピの監督デビュ−作。パリ郊外で“古い教会”という名のカフェを営むテレ−ズ。ある日、テレ−ズは店に立ち寄った中年の浮浪者を見て驚愕の表情を浮かべる。戦争中にドイツ軍に連れ去られたまま戻ってこない夫のアルベ−ルにそっくりだったからだ。だが、この浮浪者は記憶を喪失したいた。それから彼の記憶を呼び戻そうとするテレ−ズの努力が始まる。この浮浪者は夫なのか、それとも・・・。今なお人々の記憶に残る戦争の傷跡を男女の愛とその記憶をとおして描いた名編。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎'21年生まれのアリダ・バリはこの年39歳か、カフェの女主人テレ−ズとしてしっかり生活の根をパリの下町に下ろした、やや太り気味の堂々たる中年女として登場する。その外見からは彼女が16年前、恐らく新婚であったろう夫のアルベ−ルをゲシュタポに連れ去られたという辛い過去を抱えているとは覗い知ることは出来ない。間近に迫ったバカンスを巡って交わされる客たちとの会話が、人々が漸く戦争の記憶を追いやって日常を取り戻し始めていることを了解させる。そこに亡霊のような過去を背負った記憶喪失の男が彷徨い込んできて・・・。
プロロ−グからエピロ−グまで、全編息を呑むようにして画面に見入ってしまった。男に関わり合うことで次第に露わになって行くテレ−ズの抱えた傷痕。この二人の成り行きに心を向け、夜の町角で男の記憶を蘇らすべく口々に“アルベ−ル!アルベ−ル!”とそれぞれの声音で呼びかける町の人々。その声音は彼ら一人一人もまた、多かれ少なかれテレ−ズのそれに似た傷痕を抱えているのであろうと思わせる。その呼びかけにギクリと立ち竦んでホ−ルドアップされたかのように両腕を差し上げる記憶喪失の男。差し上げた左腕の影が男の顔を陰らせてその表情を読むことが出来ない。迫り来る車のヘッドライトが両腕を高々と上げた男のシルエットを浮かび上がらせて・・・。このラストシ−ンに至るまでのサスペンスは呼吸をすることを忘れさせるほどのモノでありました。呑気呆亭