11月16日(土)「しとやかな獣」

「しとやかな獣」('62・大映)監督:川島雄三 原作・脚本:新藤兼人 撮影:宗川信夫 美術:柴田篤二 音楽:池野成 照明:伊藤幸夫 出演:若尾文子/伊藤雄之助/山岡久乃/川畑愛光/浜田ゆう子/山茶花究
★鬼才・川島の映画の中でも、実に痛快な代表作の1本だ。舞台は2部屋しかない公団住宅。ここに、金のためには世間の道徳観念など屁とも思わない一家が住んでいる。海軍中佐であった父親の指導のもと、息子は芸能プロに勤め、サギまがいの悪徳手口で荒らし回り、娘は流行作家の妾となり、絞り取ることに余念がない。母親はそんな親子を温かく見守っている。そこに息子が横領金を貢いでいた女事務員が登場し・・・。悪に徹し切った登場人物たちの台詞が実に小気味良く、それにガッチリ応えた役者たちの味も格別。歌舞伎を思わせる音楽の流し方といい、斬新なブラック・ユ−モア家庭劇。

◎カメラは殆ど公団住宅の室内を出ない。その舞台に入れ替わり立ち替わり現れる人物たちは皆一癖ありげな連中である。それに応対する四人の家族もそれに負けず劣らずくせ者揃いである。その群像劇を伴奏する音楽は能狂言のそれ、ということは、演出の川島雄三が目論んだのは公団住宅という近代の入れ物に「狂言」の人物をぶち込んでかき混ぜてみたらどうなるかという実験であったのではなかろうか。その人物像の中で異彩を放つのは男三人を手玉に取る女・若尾文子であって、とうぜん観客は題名の「しとやかな獣」とはこの女だろうと思いこむのだが、エンドマ−クを見ながらふと、待てよ、実はこの「しとやかな獣」とは、親爺も息子も娘も、そしてすべての登場人物たちを物静かに、しばしば粗暴な言葉のやりとりをたしなめつつ手の平の上で操って、何ごともなかったことにしてしまうこの母親、山岡久乃こそではなかったか。この母親の顔に能面のような無表情が現れる場面が二度あった。一度は父親の伊藤雄之助が“二度とあの惨めな生活に戻るものか!”と家族の前で宣言する場面と、ラストの船越英二公団住宅の屋上から飛び降り自殺する有様を目撃した、そしてそのことを他人の災難として片付けてしまおうと決めた場面であった。チャッカリとルノワ−ルの絵画の真偽を鑑定させておきながら、誰にもそれを漏らさずにいたこの母親こそ「しとやかな獣」なのであった。呑気呆亭