9月20日(金)「宮本武蔵・一乗寺の決闘」

宮本武蔵一乗寺の決闘」('64・東映京都)監督:内田吐夢 原作:吉川英治 脚本:鈴木尚之 撮影:吉田貞次 音楽:小杉太一郎 出演:中村錦之助/木村功/入江若葉/丘さとみ/高倉健/江原真二郎/平幹二朗/河原崎長一郎/花沢徳衛/岩崎加根子/東野英治郎
中村錦之助主演によるシリーズ五部作の第四部で、吉岡清十郎の失踪から一乗寺での血みどろの決闘までが描かれる。
蓮台寺野で宮本武蔵に左肩を砕かれた吉岡清十郎は、弟の伝七郎に家督を譲り失踪。伝七郎は門弟たちに武蔵の居所を探るよう指示を出す。本阿弥光悦に誘われ遊郭へ向かう途中、武蔵は伝七郎からの果たし状を受け取った。吉野太夫を招き入れた宴席を抜け出した武蔵は、雪の三十三間堂で伝七郎をなぎ倒し、そのまま遊郭に戻っていった。翌朝、吉岡一門に取り囲まれた武蔵のもとに佐々木小次郎が現れ、明後日の朝に決闘することを提案する。そして決闘当日、敵の数は七十を超えていたが、こちらは武蔵ただ一人のみ。果たして武蔵に勝機はあるのか。<allcinema>

◎この第四部の見どころは三つの音である。第三部の終わりに近くその姿を現わした虚無僧は、かつてたけぞうを追い回した青木丹左衛門(花沢徳衛)であった。この青木丹左が寺の縁先に座って吹く尺八の音が喨喨と鳴る。そこには主家をしくじり家族も捨てて虚無僧に身を落とした青木丹左の六年の歳月と、辛苦を独り越えてきたある境地さえ感じられるのだった。小次郎の元から逃げてきた朱美を床下にかくまって、青木丹左は坦々と尺八を鳴らす。その喨喨たる音色はさすがの小次郎にも破調を感じさせず、床下にひそむ朱美と又八を無事隠しおおせたのだった。
二つ目の音色は、吉野太夫岩崎加根子)の弾く琵琶の音である。本阿弥光悦に招かれた宴席から密かに抜けて、三十三間堂での吉岡伝七郎との対決を制し、何ごともなかったかのように戻ってきた武蔵を、吉野は茶室に招じる。灰屋紹由・本阿弥光悦・烏丸光弘・花山院忠長の居並ぶ末席に座した武蔵の右袖に赤い染みを認めた吉野はそっと寄って懐紙でそれを拭う。“血ではないか?”“いえ、牡丹のひとひら”と答えた吉野は灰屋紹由(東野英治郎)の求めに応じて手元の琵琶を奏で始める。その音色が粋人たちのそれぞれに波紋を生じさせて行くにもかかわらず、一見平静に端座するかと見える武蔵に何の感興も起こさせていないことに吉野は気付く。平静をよそおう武蔵ではあったが、実はこの場に列しながら「心此処に在らず」であることを吉野は見たのである。吉岡の門弟たちの待ち伏せから守るために一人茶室に引き留めた武蔵に、吉野は琵琶の胴を断ち割って音色の微妙が何に依って生じるかを諄々と説くのだった。
三つ目の音色は、一乗寺への道を行く武蔵を待ち受けたお通の奏でる笛の音である。その音は故郷の山で孤絶の耳に聞いた音、柳生の里で門弟たちに囲まれた必死の場で聞いた音、この笛の音こそ時により折にふれ聴いてきた懐かしい音であった。その音が決死の場に赴く武蔵の足を止めさせ、そして、さすがの武蔵をして遂にお通を“心の妻”と呼ばさせてしまったのだった。呑気呆亭