9月4日(水)「稲妻」

「稲妻」('52・大映京都)監督:成瀬巳喜男 原作:林芙美子 脚本:田中澄江 撮影:峰重義 美術:仲美善雄 音楽:斎藤一郎 出演:高峰秀子/浦辺粂子/三浦光子/村田千栄子/小沢栄/根上淳/香川京子
林芙美子の同名小説を「めし」の田中澄江が脚色した、成瀬=高峰コンビの名作。4人の子供の父親がみな違うという複雑な母子家庭で、母と異父兄妹たちの醜さに愛想をつかした末娘が家を出て自立する課程を物語の骨子としている。作者はすべての登場人物を肯定も否定もせずありのままに描いており、俳優たちの好演も相まって、類型に属さない生身の人間の存在感が鮮烈に迫ってくる。バスガイドとして働く主人公を写した冒頭シ−ンでの車窓からのぞく風景をはじめ、東京の息づかいをとらえている点でも出色で、主人公の実家のある下町と新居の世田谷とはみごとに描きわけられている。(ぴあ・CINEMA CLUB)

高峰秀子という俳優さんのふくれっ面でする特異なエロキュ−ションはまだこの映画では見られない。バスガ−ル役のデコちゃんは可愛いのである。その彼女が3年後の同じ成瀬監督の「浮雲」ではガラッと変わった複雑な性格と肉体を持つオンナとして立ち現れる。この3年の間に高峰は9本の映画に出演している。演出はいずれも名監督によるものだが、成瀬はこの間高峰を使っていない。この3年の間に高峰に何が起こったのか。'54年の「二十四の瞳」の撮影中に出会った松山善三とは'55年に結婚しているが、それがこの変身に影響しているとは思えない。恐らく「浮雲」の出演が高峰秀子という役者の中の何かを目覚めさせたのではなかったろうか?それほどに「浮雲」以前と以後の彼女には別人を見るような変化が見られるのである、というのはワタクシの極めて個人的な意見である。呑気呆亭