8月21日(水)「阿波の踊子」

「阿波の踊子」('41・東宝)監督・原作・脚本:マキノ正博 原作・脚本:観世光太 脚本:小国英雄 撮影:伊藤武夫/立花幹也 出演:長谷川一夫/入江たか子/高峰秀子/月田一郎/黒川弥太郎/清水金一
★阿波の豪商十郎兵衛は欲と金に目がくらんだ悪家老のために、密貿易の抜荷買の海賊という汚名を着せられ、阿波踊りの日に磔刑に処せられる。数年後、海賊の群れに飛び込んで腕をみがいた十郎兵衛の弟が、兄の復讐に燃えて町へ帰って来る。原作、脚色の観世光太山上伊太郎の変名で、サイレント時代にマキノ正博とのコンビにより「浪人街」シリ−ズ、「首の座」、「崇禅寺馬場」など数々の名作を作り出して来たが、この作品が最後のコンビとなった。なお同じ題材をマキノ正博監督は'57年東映で、大友柳太郎の主演で再映画化した。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎マキノによれば、観世光太の変名で送りつけてきた「山上伊太郎のホンは、相も変わらず、自分だけのイデオロギ−に酔っている脚本だった。昭和の初め、腹をへらした失業者が街にあふれた時にこそ『浪人街』はすばらしいシナリオだとほめられた。現実の人間の姿が生き生きと描かれたシナリオだった。私も興奮して読んだものだし、教えられるところも大きかった。だが、昭和初期の失業者達にはまだ山上伊太郎流の詩的な表現に酔えるゆとりがあったのだろうが、戦時になった今日でも同じ詩的な表現でロマンチックなイデオロギ−を謳い上げても、もはや時代遅れと云うほかはなかった。」(『映画渡世・地の巻』)この山上の脚本はト−キ−用には使えないと判断して、マキノは山上からこの脚本を買い取って、小国英雄に全面的な書き換えを依頼したのだという。その書き換えが功を奏したか素敵な映画になっている。
十郎兵衛の弟(長谷川、名前は最後まで明らかにされない=海から来た男)の登場シ−ンがいい。彼がその人だと直感した宿の娘(高峰)の前で、ポンと手を拍って阿波踊りを踊る長谷川の軽やかで華のある動きにまず魅了される。その謎の男がこの港町に姿を現わしてから、悪家老の門扉に「十郎兵衛不日参上」と墨書された紙が貼られるようになる。宿に先着していた髭の浪人(黒川)たち三人もどうやら謎の男の仲間のようだ。その三人が明日は阿波踊りという日に役人に捕まり、罪を遁れるために謎の男が十郎兵衛の弟だと明かし、男は入れ替わりに牢に囚われる。宿の娘や仲居たちの避難の目を背に受けて町に散って行った三人の男たちが町の角々で人々に謎めいた言葉“明日は踊ろうぜ”を掛けて行く。これが実は阿波踊りを契機とした決起の言葉なのだった。彼らの仲間は捕り手にも牢番にも配されていて、その助けで苦もなく牢を脱した謎の男は悪家老を捕らえ許嫁を救い出して、町中に溢れかえる阿波踊りの群れの中に身を投じて彼らの本拠である海へ向かうのだった。祭りの明けの町には謎の男に仄かな想いを寄せていた宿の娘(高峰)が独り残されたのだった。
この“明日は踊ろうぜ”の言葉から始まる阿波踊りのシ−ンが実にいい。面を被った謎の男を先頭にした群衆はまるで革命に立ち上がった民衆のような勢いで悪家老の屋敷を席捲する。この合い言葉が拡がって行く描写に胸の空くようなリズムがあって、それが惹起した圧倒的な阿波踊りのモブシ−ンは、この忘れられていた映画を「戦艦ポチョムキン」にも劣らぬ世界的な名作にしたと言えば言い過ぎだろうか。呑気呆亭