7月8日(月)「非情の罠」

非情の罠」('55・米)監督・脚本・撮影・編集・録音:スタンリ−・キュ−ブリック 脚本:ハワ−ド・O・サックラ− 音楽:ジェラルド・フリ−ド 出演:フランク・シルベラ/ジェイミ−・スミス/アイリ−ン・ケイン/ジェリ−・シャレット/ル−ス・ソボトゥカ
スタンリー・キューブリックがその名を知らしめた長編第2作。ルック誌のカメラマンからそのキャリアをスタ−トさせ、ドキュメンタリ−を2本撮った後、劇場用映画の監督となったキュ−ブリックは、「非情の罠」で世界的な評価を得る。舞台はニュ−ヨ−ク。底辺でもがき苦しみながら人生を送っていたボクサ−(スミス)は、ギャングのボス(シルベラ)からナイトクラブのダンサ−(ケイン)を守ったことから命を狙われるようになる。ニュ−ヨ−ク・ミラ−紙は、“キュ−ブリックは、ブロックを紙ヤスリでこするようなカメラワ−クで、プロボクシングとダンスホ−ルの世界の虚飾をはぎ取っている”と絶賛。
キュ−ブリックは「非情の罠」の後、「現金に体を張れ」から「フルメタル・ジャケット」まで25年間に10作品を発表することになるが、本作品は彼のその後の活躍を予感させるに十分なほどの特徴を備えている。「レイジング・ブル」のファイティング・シ−ンを荒削りにしたようなボクシングの試合シ−ン。そして、ラストの死闘は今や語りぐさとなった名シ−ンで、その後、同じようなアクション・シ−ンが大量生産されるようになった。大胆な撮影法で映画の都に挑戦状をたたきつけるような「非情の罠」。日本公開時にカットされた24分を含む67分のオリジナル完全版。(VHSの解説)

◎'28年生まれのキューブリックはこの年若干27歳、前々年に長編第1作「恐怖と欲望」を制作し、71歳での遺作となった「アイズ ワイズ シャット」('99)までに制作した作品はたかだか13作でしかない。だが、そのほとんどが問題作であり傑作と評する人が多い。その所以をこの作品を見ることで納得出来た。監督・脚本・撮影・編集・録音と、むろん低予算ゆえの一人五役なのであろうが、それよりも作品を完璧に己のモノとしたいという強烈な作家精神を感じるのである。キャリアのスタ−トがカメラマンであったというのは象徴的で、この映画でも様々な映像的実験を試みている。それは例えばダイナミックな映像のボクシング・シ−ンであり、ヒチコック顔負けのアパ−トの窓の使い方であり、ダンサ−が父と姉とのことを語るシ−ンに挿入されるバレエの映像であり、夜の大通りに現れてサスペンスの盛り上げに一役買う道化の二人であり、そしてもちろん、ラストのマネキン工場での死闘なのだが、ワタクシ的には、ボクサ−と待ち合わせしたがために間違えられてギャングの二人に惨殺されるマネ−ジャ−のシ−クエンスに、キューブリックという映像作家の並々ならぬ才能を感じたのだった。ニュ−ヨ−クという大都会の真っ只中、ビルの谷間の袋小路に追い詰められて理不尽にも殺されなければならない男の、絶望的な孤立感を遠景のワンショットでキューブリックは撮っている。見せないことで想像させる、静かで恐ろしい殺人シ−ンである。呑気呆亭