6月18日(火)「無法松の一生」

無法松の一生」('58・東宝)監督・脚本:稲垣浩 原作:岩下俊作 脚本:伊丹万作 撮影:山田一夫 美術:植田寛 音楽:團伊玖磨 出演:三船敏郎/高峰秀子/芥川比呂志/飯田蝶子/笠智衆/多々良純/田中春男/左木全/大村千吉
★坂妻主演による戦前の名作の再映画化。第1回作品が当時の検閲によってカットされたのを不満とした稲垣浩が、同じ伊丹脚本をカラ−、ワイド・スクリ−ンで新たに監督した。無法松の三船、吉岡夫人の高峰が好演、名作の誉れ高い前作と比べても甲乙つけがたい作品。
(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎戦前の検閲でカットされた松五郎が松岡夫人に長年の思慕の情を告白するシ−ンを、稲垣は遂に再現するのだが、その前の場面の松五郎が祇園太鼓を演奏する見事なシ−ンから一転して、この告白のシ−ンに繋げるのには無理があった。伊丹のシナリオは未見だが、恐らく松五郎が敏雄と祇園太鼓に満足した敏雄の高校の先生と一杯やって、その席で、夫人から“もうボンボンと呼ばないでやって下さい、そう、吉岡さんとでも・・・”と言われた敏雄との距離を思い知ることによって、その寂しさの余りに夫人の元を訪ねてしまったのだとすれば頷けるのである。坂妻主演の前作にはそのシ−ンがまるまるカットされたがために、かえって松五郎の孤独と老いがしみじみと観る者に伝わったのだった。
この作品では脇を固めた助演陣が素晴らしい。飯田蝶子多々良純田中春男、左木全、などはもちろんだが、ぼんさんを演じた大村千吉という人の不思議な味わいは忘れがたい。それと、手前に墜落した凧に泣く敏雄とそれを慰める松五郎を配し、遠景にほったらかされて、人力車から降りたり昇ったりする怒れる客を配するという無声映画的なギャグは秀逸だった。
三船の祇園太鼓の演奏は、近頃の太鼓集団のそれを遙かに凌駕する感動を与えるものだった。この太鼓の響きには「学があれば少将ぐらいにはなったろう」と松岡大尉に言われた松五郎の、しかし悔いなく真っ当に生きてきた人生が凝縮されていたのだった。だからこそ、次のシ−ンにいきなり繋げて欲しくはなかったのである。呑気呆亭