6月8日(土)「お早よう」

「お早よう」('59・松竹)監督・脚本:小津安二郎 脚本:野田高梧 撮影:厚田雄春 美術:浜田辰雄 音楽:黛敏郎 出演:佐田啓二/久我美子/笠智衆/三宅邦子/設楽幸嗣/島津雅彦/杉村春子/沢村貞子/三好栄子
★松竹の伝統である下町喜劇、長屋喜劇の舞台を郊外の建売住宅地に移した、小津のユ−モアセンスの冴えわたった傑作である。10軒ほどの家が建ち並ぶ住宅地に住む人々ののどかな日々をスケッチ風に描写。小津安二郎が多くとり上げた、親子、兄弟、夫婦間の葛藤というテ−マはここではそれほど深くほり下げられることはなく、タイトルのように日常のあいさつや平凡な会話を通し、庶民の生活がいきいきと浮かんでくる。「生まれてはみたけれど」を思わせる兄弟が登場して、いたずらしたり、父親にテレビをねだったり・・・。最後にテレビを買ってもらった弟が唐突にまわすフラフ−プのおかしさ!(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎完璧なセットと計算され尽くした脚本と秀逸なギャグの繰り返しと、練達のスタッフとキャステイングが揃うと、これだけの隙の無い傑作が出来るのだという見本のような映画である。小津と厚田の設定する執拗な額縁フレ−ムの枠を演技とは思えぬ演技ではみ出すのが弟の勇を演じた島津雅彦と助産婦のみつ江を演じた三好栄子であり、そのフレ−ムを束縛とせずにセットの中を軽々と動き回るのがみつ江の娘役の杉村春子であり、そのフレ−ムに見事に納ってこのギャグ満載の映画の中では異質で上品なたたずまいを見せるのが三宅邦子である。
狭い敷地に軒を接して建てられた文化住宅での生活は、戦前の長屋のようでもありながら、そこに戦後の生活を象徴する電気洗濯機やテレビや「月賦」というものが介在することで、庶民の生活を底支えしてきた「人情」の変質が仄めかされ、戦前・戦後を生き抜いてきて初老の境に立つ男たちの前には「定年」という言葉が立ちふさがる。その辛い現実をからくも生き抜くのには無駄とも思える日常の挨拶が大事なのだよと、ギャグで笑わせながら気付かせてくれる映画でありました。呑気呆亭