6月5日(水)「赤い波止場」

「赤い波止場」('58・日活)企画:水の江滝子 監督・脚本:舛田利雄 脚本:池田一朗 撮影:姫田真佐久 照明:岩木保夫 美術:木村威夫 音楽:鏑木創 出演:石原裕次郎/北原三枝/岡田眞澄/中原早苗/轟夕起子/大坂志郎/柳沢真一/二谷英明/清水マリ子
★組織の保護の下、神戸に潜入している殺し屋は、彼に首ったけの情婦がありながら、兄を組織の手で殺されて食堂を女手一つで切り盛りするインテリ娘に惚れてしまう。組織に裏切られ、彼は情婦と国外脱出を企てるが、その娘がボスの手下に傷つけられたというデマに惑わされて、単身引き返してボスを射殺し警察に捕らえられる・・・。エキゾチックな神戸の港のム−ドと、J・ギャバン主演の「望郷」を下敷きにしたセンチメンタルな物語がうまくはまった。裕次郎の魅力もさることながら、主人公につきまとう刑事役の大坂志郎、脱出の手引きをするマダムの轟夕起子と脇役陣の充実ぶりも作品を魅力あるものにしている。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎冒頭、真っ白なス−ツ姿で登場する殺し屋・レフトの二郎、波止場での無粋なコロシを目撃して、殺伐とした気持ちを抱えて神戸のエキゾチックな景色の中を歩く。公開当時、このカッコ良さに憧れ白いス−ツを着たやくざのお兄さん達が町中に溢れかえったという都市伝説がある。それほどにこの冒頭のシ−クエンスは衝撃的であった。倉庫街をポケットに手を突っ込んで長い脚を放り出しながら歩く裕次郎を遠景で捉え、歩く二郎を手前のフェンス越しに延々と横移動で捉え、そして後の運命的な出会いを予告する坊やとの出会い。それを契機として一気に物語の主要人物(轟・大坂・岡田)を登場させる作劇の巧さ。この作品にも池田一朗(輶慶一郎)が脚本家として関わっている。この冒頭の場面の鮮やかさは、輶の後年の処女作「吉原御免状」に於けるいかにも練達の脚本作家であった輶らしいヴィジアルな「松永誠一郎・登場」に通じるものがある。

さて、二郎は情婦のマミ−との自堕落な暮らしに辟易して街に下り、道ばたでハ−モニカを吹く坊やと再会する。そしてその坊やの父親が冒頭に殺された杉田屋であったことを知る。坊やのハ−モニカを借りて二郎は傷心の坊やを慰めるように「青い眼の人形」のメロディーを吹く、その背後から声が掛かり、振り向くとそこにいかにもカタギな格好の長身の女性が立っていた。それこそ二郎にとっての運命の女・杉田圭子(北原)であった。圭子は兄の死を知って東京の大学を止め、兄の経営していたレストラン杉田屋の手助けをするために神戸に戻っていたのだった。

二郎は圭子を知ることで己の棲む世界の狭さを知り、圭子は拳銃を操る二郎が棲む地下世界の暗い様相を知りながら、彼に惹かれて行く自分の心を押さえることが出来なくなって行く。その圭子の葛藤を象徴するのが波止場での野呂刑事(大坂)とのシ−ンである。兄貴分の勝又(二谷)を二郎が殺したことを野呂から聞いた圭子の心は様々な想いに揺れ動く。その心の揺れ動きを、この映画のスタッフは圭子の顔に岸壁に寄せる波のたゆたいの反映を映して見事に視覚化する。これは、撮影の姫田と照明の岩木の憎いほどに映画的な仕事の達成である。他にもこのコンビは、二郎と勝又の殴り合いのシ−ン、二郎が街を彷徨うシ−ン、二郎が潜伏する屋根裏部屋のシ−ンなどに、左右に不規則に揺れ動くキャメラ・ワ−クで、二郎の心象風景を表現しようと試みている。

潜伏する二郎を誘き出すために野呂が仕組んだ罠に、それと知りながら二郎は圭子が入院していると新聞報道された山手病院に潜入する。闇からやみを辿りながら二郎がたどり着いた病室で、圭子が坊やのハ−モニカで吹く「青い眼の人形」のメロディーを窓越しに聞き入る二郎の表情が険しいものから次第に和んで行き、後ろに歩み寄った野呂の気配を感じて向き直った時、二郎の表情は少年のモノのように変わっていたのだった。呑気呆亭