3月26日(火)「霧の音」

「霧の音」('56・松竹)監督:清水宏 原作:北条秀司 脚本:依田義賢出演:上原謙/木暮実千代/坂本武/浪速千栄子/藤田佳子
日本アルプスを望む信州の山小屋。仲秋の月の出を待つ幸福そうな三人連れは、新婚の娘悠子とその夫八木正男を伴った老植物学者大沼一彦の一家である。一彦の胸に十年前の思い出が蘇る。昭和二十二年秋、東京の喧騒と婦人運動に熱中する妻を嫌って、この山小屋で植物採集に専心する少壮の一彦の身辺には、若く美しいつる子が働いていた。彼女は家政婦として大沼家に入ったが、孤独な一彦との間に、いつしか愛情が芽生えた。だが、その幸福は突如山小屋に現われた妻勝代によって破れた。つる子との仲に冷い疑惑の目を注ぐ妻に一彦は激怒、勝代は山を下りた。つる子も、子まである一彦の家庭を破壊することを恐れ、秘かに山を下る。それから三年。同じく仲秋名月の山小屋に十四歳の悠子を背負い一彦が訪れた。

清水宏にしては珍しい平凡なメロドラマである。原作が北条秀司で脚本が依田義賢とあってはメロドラマに成らざるを得なかっただろうし、決定的にマズイのは、上原謙の相手役に木暮実千代を選んでしまったキャスティングである。下司の勘ぐりではあるが、人里離れた山小屋にこんな色っぽい人と二人で暮らしていて、何も起こらぬ訳がないではないか。言って詮無いことだが、これがもしあの「ありがたうさん」の桑野道子であったなら不思議なメロドラマが出来たであろうと惜しまれる。呑気呆亭