3月9日(土)「チャップリンの殺人狂時代」

チャップリンの殺人狂時代」('47・米)製作・監督・脚本:チャ−ルズ・チャップリン 撮影:ロ−ランド・ドザロ− 出演:チャ−ルズ・チャップリン/マ−サ・レイ/マリリン・ナッシュ
★30年間実直に勤めた銀行をクビになったヴァルド−氏は、金持ちの中年女と結婚しては殺し、保険金を奪う。トレ−ド・マ−クのチョビひげとステッキを捨て、戦争による大量殺人を痛烈に批判したブラック・ユ−モア。マッカ−シ−の赤狩り旋風で「独裁者」と同様、上映中止の憂き目にあった。

チャップリンのしたり顔がこれほどに生かされた作品は他にないのではないか。冒頭、そのしたり顔のヴァルド−氏の南仏の別荘の庭の焼却炉からモクモクと昇る黒煙がゾッとさせる。しかしブラックなのはそこまでで、それ以降はヴァルド−氏の“冷酷な世間には冷酷で応戦さ”と自らうそぶく生真面目なしかし結果的にはほとんど滑稽な「闘い」の様相が描かれる。女を殺して得た金を数えるヴァルド−氏のいかにもプロフェッショナルな手つき、その手つきで彼は実直に犯罪を遂行してきたのだが、刑務所から出てきたばかりの女浮浪者を安楽死薬の実験に使おうとして失敗してから、ボタンが掛け違って犯行の目論見は次々に失敗を重ねてしまう。“私って運が強いのよ”と豪語するマ−サ・レイ演ずる大声で馬鹿笑いする女とのやりとりが実に可笑しい。終幕近く、破産し妻子を失ったヴァルド−氏と、見違えるような衣装に身を包んだかつての女浮浪者(マリリン・ナッシュ?)との再会してのやり取りが、この映画の白眉か?
“前は皮肉っぽかったのに”“闘いが終わったのさ”“誰にも闘いが…”“私のは終わった”“命は理屈を超えてるわ、運命を生き通さなきゃ”“運命か…”“では、また…”“どうなさるの?”“運命を生きに”
かつてヴァルド−氏の“冷酷に応戦さ”との皮肉に“違うわ、小さな親切は世界を美しく変えるわ”と応じた、妻以外に唯一心を開いた彼女の言葉に促されるようにして、ヴァルド−氏は運命を生きるために世間の裁きを受けようと決意する。神への信仰に頼ろうしないヴァルド−氏の潔さはほとんどアナ−キ−な危うさを感じさせて、キリスト教という偽善を告発する。上映中止になるはずである。これは、原案をチャップリン氏に提供したオ−ソン・ウエルズ氏との協働によるチャップリン渾身の一作である。呑気呆亭