1月12日(土)「カサブランカ」

カサブランカ」('42・米)監督:マイケル・カ−チス 原作:ム−レイ・バ−ネット/ジョアン・アリスン 脚本:ジュリアス・J・エプスタイン/フィリップ・G・エプスタイン/ハワ−ド・コッチ 撮影:ア−サ−・エディスン 音楽:マックス・スタイナ− 出演:ハンフリ−・ボガ−ト/イングリット・バ−グマン/ポ−ル・ヘンリ−ド/クロ−ド・レインズ/ピ−タ−・ロ−レ−
★人種のるつぼのようなカサブランカの雑踏から映画は始まる。ドイツ軍の占領からアメリカへ脱出しようとする人々の群れ。物語は40年代初頭、仏領モロッコの街カサブランカ
メロドラマの名作とされる「カサブランカ」が制作されたのは1942年。カサブランカのある仏領北アフリカはドイツの占領下にあった。42年は第2次世界大戦のヨーロッパ戦線の歴史の中でも大転換の年である。ドイツ占領下にある北アフリカに米英軍が強行上陸した。遂に強力な助っ人アメリカが連合軍側で参戦した年である。
カサブランカ」のプリプロダクション段階では明確な脚本はなかったといわれている。
当時の世界情勢は、独伊連合がフランスまで占領するほど勢力を拡大しアメリカの早期参戦が自由国家の間では望まれていた。
つまりこの映画は、欧州戦線にアメリカが参戦していく正当性を明確にすることを主軸に制作された連合軍側のプロパガンダ映画である。
撮影監督のアーサー・エディソンは「西部戦線異状なし」などを撮っているが、本作品ではメロドラマに仕立て上げるためハンフリー・ボガートイングリット・バーグマンの顔のアップを多用。これをソフトフォーカスで2人を甘く、美しく引き立たせる照明でルック(画)を統一している。
脚本は国と国の関係性を、男と女の関係にみごとにすり替え、表面的には上出来のメロドラマに仕立てあげている。
メロドラマを強調する脚本はキメ台詞が多くある。それが政治背景とみごとにダブルミーニングとなっているのがすごい。しかし日本語字幕は超訳であり伝説的なシーンとして解釈されているが、直訳するとウラの意味があらわれる仕掛けだ。
一見単純な物語がなぜ8部門でオスカーにノミネートされたのか。ここからが謎解きのはじまりだ。
ヨーロッパ情勢は39年ドイツがポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦開始。登場人物を国別に分類するとアメリカ(ボガート)、イギリス(バーグマン)自由フランス(ヘンリード)であり、彼らの三角関係を描いたドラマである。
ボガート(アメリカ)の店を突然バーグマン(イギリス)が訪れる。一人ではなくヘンリード(自由フランス)を同伴している。黒人ピアニストサム(アメリカ)の隣に座り「プレイ・イット・アゲイン・サム」のセリフ。曲は「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」これを続けて直訳すと、「もう1度(一緒に)やってくれないか。ずいぶん長い時が過ぎてしまったけれど」。
イギリスはアメリカの助けを強く望んでいる。
そしてボガートのかの有名なセリフ「君の瞳に乾杯」。日本ではこの超訳により完璧なメロドラマになってしまう。ボガートはバーグマンに対して「ヒアーズ・ルッキング・アット・ユー・キッド」(君のことをずっと見守っているよ)と言っているのであり、アメリカはイギリスのことを注意して見ていると、態度保留のまま参戦の意思はあることを簡潔に表現している。
物語は中盤、店内にドイツ兵が侵入し始めると一転、反独一色になる。
バーグマンの夫である自由フランスのレジスタンス、ヘンリードはボガートに向かって「君が仲間になれば我々は勝つ」とリアルなセリフを言う。店内でドイツ軍兵士たちがドイツ歌謡を合唱しはじめると、ヘンリードは楽団の前に立ち「ラ・マルセイユズ」を歌いだす。満席の客たちもつられて大合唱になるとドイツ兵は沈黙してしまう。
クライマックスはバーグマンが弱体化した自由フランスの夫と別れてもボガートと共に脱出しようという。ボガートは搭乗チケットを手にいれる。しかし2枚しか入手できない。脱出する2人は誰なのか。ボガートはイギリス、フランス夫婦を乗せ自分は残る。アメリカは彼らを脱出させることでヨーロッパを守るという意思表示を明確に表現する。
脱出を阻止しようとドイツ軍が行くてを阻む。ボガートは彼らを射殺する。遂にアメリカはドイツに対し宣戦布告し、武力攻撃を開始する。飛行場を去り際にボガートはフランス警察と会話をかわす。「これで我々は友達になれる」といいながら警察官はボトルの水を飲むが、ボトルのラベルに「ヴィシー水」の文字をみたとたんボトルごとゴミ箱に叩き込む。2人はカサブランカの白いもやの中に消えていく。暗闇でなく白いもやの中に消え去るのは、もやの向こうは自由であることを暗示して終わる。映画製作中の41年には対独伊に宣戦布告し、映画が公開された42年についに米英連合軍が大挙して仏領北アフリカに上陸する。そして翌43年にはルーズベルトチャーチルの「カサブランカ会談」が実現する。〈allcinema〉勝堂

◎「君の瞳に乾杯!」の決め台詞を四回も発するなんて、ボギ−はよっぽどバ−グマンの何かとウルウルする瞳にイカレてしまったのだろう。バ−グマンという人は「誰がために鐘は鳴る」の時もそうだが、顔付が整い過ぎてセクシュアルな魅力に欠けるきらいがある。この映画でも男二人の間に立ってはいるが、どちらともベッドでのお付き合いは遠慮しておりますとでも言いたげな素振りで、この映画を翻案して日活が石原裕次郎主演で映画化した「夜霧よ今夜も有難う」の浅丘ルリ子の切ないほどの美しさに比較すると、人間味に欠ける。結局この映画は、警察署長を演じたクロ−ド・レインズ(志村喬)とボギ−(石原裕次郎)の腹の底の底では許し合っている男と男の駆け引きと情の通い合いを描いた映画であった。呑気呆亭