9月22日(土)「白痴」

「白痴」('51・松竹大船)監督・脚本:黒澤明 原作:ドストエフ・スキー 脚本:久坂栄二郎 撮影:生方敏夫 美術:松山崇 音楽:早坂文雄 出演:原節子/森雅之/三船敏郎/久我美子/志村喬/東山千栄子/千秋実/千石規子
黒澤明が長年の夢であったドストエフスキーの名作を、舞台をロシアから北海道へ移し替えて映画化した野心作。善の権化である美しい亀田青年(森)、彼を愛するふたりの女・綾子(久我)と那須妙子(原)、そして妙子を野獣のように愛する赤間伝吉の4人の間には、時には美しく時には神々しいまでの愛と激しい憎悪が燃えあがる。この作品は当初4時間25分の長さで前後編に分けて上映されることになっていたが、試写をみた松竹首脳陣が難色を示し、大幅にカットされることに。それに激怒した黒澤が“切りたければフイルムを縦に切れ!”と怒鳴ったという逸話が残っている。結局ふたとおりのバージョンが作られ、長尺版の3時間30分ものは東劇で3日間だけ公開された。(ぴあ・CINEMA CLUB)

黒澤明のバタ臭い演出に耐えて、日本映画には珍しい個性が正面からぶつかり合って火花を散らす群像劇を演じ通した主役の四人と脇役陣に拍手。特に主演のムシュイキンを演じた森雅之は彼の生涯最高の難役を見事に具象化して見せた。その森の演技に対峙するナスタ-シャ役の原節子も、純白の魂を胸中深くに蔵する女の切なさと狂気を演じてギリギリのところで踏み止まって破綻せず、色は違えど共に純な魂を共有するロゴ−ジン(三船)とアグラ−ヤ(久我)も抑制の利いた熱演で二人に対抗する。その演技陣にも増して素晴らしかったのは、脚本・撮影・美術・音楽のスタッフ陣であった。特に、森と三船が二人だけでナスタ-シャの通夜をする場面を、蝋燭の灯りだけで撮影した照明とキャメラの技量には、思わず台詞を聞くことも忘れて驚嘆したのだった。呑気呆亭