8月22日「野良犬」

「野良犬」('49・東宝)監督・脚本:黒澤明 脚本:菊島隆三 撮影:中井朝一 美術:松山崇 音楽:早坂文雄 出演:三船敏郎/志村喬/木村功/淡路恵子/千石規子/千秋実
★暑い夏の日の午後だった。若い村上刑事は射撃訓練の帰り道、満員のバスの中でコルトを盗まれ、犯人を追ったが路地裏で見失った。そのコルトには7発の実弾が装填されていたため、もしやこの銃を使って事件が起きるのではと、村上は悩む…。
黒澤はこの頃初めて知った脚本家の菊島隆三と意気投合し、ジョルジュ・シムノンばりの犯罪映画を作ろうとして企画したのが本作品である。キビキビとした鋭い切れ味の黒澤の演出は素晴らしく、特に土砂降りの雨の中を、村上が犯人の遊佐(木村)を追い、雨の上がったあと、とうとう練馬大泉の森の中に追いつめるクライマックスは圧巻である。

◎この映画が発表された年の前年、'48年の米映画「裸の町」(ジュ−ルス・ダッシン監督)の主題はニュ−ヨ−クという大都会だったが、この映画は敗戦後間もないト−キョ−という町とギラギラ日差しの照り付ける夏を主題として描いている。その町を自分の犯した失策を取り戻そうとして歩き回る一匹の刑事のバッジを着けた野良犬と、7発の銃弾を装填したコルトを世間に向ける牙としてうろつき回るもう一匹の野良犬とが、運命的なラストの出会いに向けて互いの磁力に引かれるように、汗をだらだら流しながら埃っぽい景色の中を漂流して行く。その景色の中を浮き沈みする人物たちの描写が暑苦しくもリアルで、ラストはそれら一切を洗い流すような驟雨の中で展開される。雨上がりの原っぱで泥まみれになって寝転がる二匹の野良犬はまるで生き別れの兄と弟のように何処か似ているのだった。呑気呆亭