8月21日(火)「静かなる決闘」

静かなる決闘」('49・大映京都)監督・脚本:黒澤明 原作:菊田一夫出演:三船敏郎/志村喬/三條美紀/千石規子/植村謙二郎/中北千枝子
★当時、特効薬がなく不治の病といわれた性病“梅毒”をテ−マにすえた良心作。野戦病院で手術中に梅毒をうつされた医師の藤崎は、帰国後も恋人の美紗緒を避け、一生を病と戦いながら独身のまま生きていこうとする。生命を救った相手に不治の病を移されるという皮肉に絶望しつつも、藤崎は医者として静かに人生と闘っていく……。「赤ひげ」など、その後の黒澤映画にこの作品のヒュ−マニズムは受けつがれる。

◎医師藤崎を演ずる三船敏郎は熱演だが、その周りに配された助演陣が秀逸である。父親の産科医を演ずる志村喬、病を移しておきながら無頼に生きる植村謙二郎とその妻で畸形児を産む中北千枝子、そして真実を告げられずに悩む恋人役の三條美紀、それぞれにリアルな存在感を見せてくれる。中でも黒澤はウマイなと思わせるのが、町のダンサ−あがりの看護婦見習いを演ずる千石規子と、その彼女の成長を温かく見守る巡査役の山口勇を配して、三船のややもすれば一本調子になりがちな演技に人間味の味付けをしたことだ。誰のものとも知れぬ子を孕んで自暴自棄になった千石を救ってこの下町の貧しい医院に連れて来たのはおそらく山口巡査だったのだろう。その千石は藤崎の恋人に対する冷たい応対に偽善の匂いを嗅ぎ取って反発するのだが、真相を知ってやがて藤崎を愛するようになり、梅毒に侵された藤崎の心と体をまるごと受け入れようとして、愛を告白する。ラストシ−ンの手術の場面での千石看護婦の厳しい眼差しがいつまでも眼底に残る秀作である。呑気呆亭