7月21日(土)「無法松の一生」

無法松の一生」('43・大映京都)監督:稲垣浩 原作:岩下俊作 脚本:伊丹万作 撮影:宮川一夫 出演:坂東妻三郎/月形龍之介/園井恵子
伊丹万作岩下俊作の「富島松五郎伝」をシナリオ化し、病臥に伏した伊丹に代わり、稲垣浩が監督し完成させた作品。伊丹のキャリアの中でも屈指の名脚本を得て、稲垣は抒情あふれる名篇に仕上げている。
北九州の小倉を舞台に、博奕好きで喧嘩っ早い人力車夫・松五郎の生涯を描く。中略 
松五郎を演じた坂東妻三郎は、初の現代劇であったがみごとの名演。稲垣もシナリオを完璧に映像化し、代表作とした。特に時の流れを示す人力車の車輪の流麗な映像処理が美しい。なお、この映画は戦時の検閲にあい、老いた松五郎が未亡人に我知らず思慕のたけを告白するシ−ンなど、計10分ほどが削除された。さらに戦後、GHQによってカットされ、稲垣は15年後、三船敏郎主演でリメイクし無念を晴らした。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎'58年に三船敏郎主演で同じ伊丹のシナリオで撮影した作品とは大分趣が違う。三船と坂東妻三郎との個性の違いが大きいと思うが、それ以上に大きいのはキャメラマンの違いではあるまいか?宮川一夫キャメラは恐らくドイツ表現主義の影響を受けたと思われる手法を駆使して、映像を観る歓びを味あわせてくれる。一方リメイクの方は手堅い手法で物語を綴って行くが、それは、もっぱら三船敏郎という俳優をスタ−として映し出すことに意を注いでいるようだ。
この映画の見どころは、誰もが言っているように人力車の車輪のカットのモンタ−ジュによって時間の経過を語る映像にあるのだが、松五郎が幼時の体験を回想するシ−ンの見事さはそれを上回るものがある。幼い松五郎少年の目に映るおどろおどろしい夜の森のシ−ンの映像は、まさにドイツ表現主義作品の「カリガリ博士」を思わせる大胆な作為によって創造されている。現今の映画には皆無となったこうした実験精神こそが映画を観る楽しみを我々に味あわせてくれるのである。呑気呆亭