7月4日(水)「淑女は何を忘れたか」

「淑女は何を忘れたか」('37・松竹大船)監督:小津安二郎 脚本:伏見晃/ゼ−ムス槇(小津の筆名) 出演:栗島すみ子/斎藤達雄/桑野通子
★いつも女房の尻に敷かれている大学教授の小宮(斎藤)が、突然大阪から上京してきた姪の節子(桑野)に刺激され、発奮。口げんかをしても引きさがらず、初めて女房に平手打ちをくらわす。それ以来、夫婦の仲はかえって良くなるのだった…。
全編に小津の西洋指向、モダニストぶりがあふれ、みごとなソフイスケイテッド・コメディとなっている。めったに雨の降らない小津作品中、これは珍しくも雨の降る一編。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎栗島すみ子はメガネをかけてヒステリックにわめき立てるマダムを演じさせられて一寸気の毒だった。亭主に平手打ちをくわされてやっと女らしい可愛らしさを見せるのだが、このあたり妙にエロチックで小津の映画にしては珍しくセックスを暗示させるのが面白い。しかし、この映画の見どころは何と言っても姪の節子を演じる桑野通子の今も色あせない魅力である。桑野はこの映画の前年'36年に清水宏監督の「有りがたうさん」に黒襟の女という役名で出演したのだが、池袋の人生座の「清水宏特集」で見て、彼女の素晴らしさに仰天したのだった。彼女の魅力を一言で云えば「蠱惑(注)」という言葉で現されるものだろう。これは日本の女優さんではこの人ひとりが持つ雰囲気ではないかと思う。外国の女優さんで云えば、マレ−ネ・ディ−トリッヒも蠱惑の女であろうか。そういえば、映画の中で節子がパラパラとめくる雑誌はディ−トリッヒの特集のようであった。このあたり、サスガに小津!と膝を打ったことでありました。呑気呆亭
(注)蠱惑―(神秘的な美しさなどで)人の心を引きつけ、自制心を失わせること。新明解国語辞典