7月3日(火)「人情紙風船」

「人情紙風船」('37・前進座東宝PCL)監督:山中貞雄 原作・脚本:三村伸太郎 出演:中村翫衛門/河原崎長十郎/山岸しづ江/加東大介
山中貞雄の残した3本の作品の一。物語は、戦地出征を前にした山中貞雄の厭世的な心理状態を反映した暗いものになっている。長い間コンビを組んできた脚本家の三村伸太郎のシナリオを得て、貧乏長屋に住む人々の日常を苦悩に満ちたタッチで描いた。
無頼の徒・髪結いの新三は、町の財閥である白子屋の箱入り娘を誘拐する。新三と同じ長屋に住む浪人・海野又十郎は、妻とふたりで仕官する日を夢見て貧しい暮らしに耐えている。だが、又十郎は新三の誘拐に一役からむことになってしまう…。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎若い頃に見た時はやけに暗いスト−リ−と結末に辟易したのだった。上記のぴあの評にも厭世的なとか苦悩に満ちたとかの言葉が羅列されている。傑作として知られているが暗さのイメ−ジのために今一人気のある作品ではないようだ。
しかし、今回見直してみてその暗さのイメ−ジをもたらしたのは河原崎長十郎とその妻のエピソ−ドによるものであって、長屋に住む連中のバイタリティー溢れる日常は決して厭世的なモノではなくて、当時の江戸には多かった火事で焼け出されてもへこたれることなく雑草のように再生して行く民衆のエネルギ−を感じさせるもので、これをこそ山中貞雄は描こうとしたのだと納得した。中村翫衛門演ずる髪結い新三はその象徴として、いなせで反骨心溢れる江戸っ子の典型を見事に造形して見せた。さすがに前進座だけのことはあるなと感服したことだった。呑気呆亭