6月21日(木)「赤西蠣太」

赤西蠣太」('36・日活)監督・脚本:伊丹万作 原作:志賀直哉 出演:片岡千恵蔵/杉山昌三九/上山草人/梅村蓉子/志村喬
志賀直哉の短編「赤西蠣太の恋」を名脚本家・伊丹万作が監督し、映画化した日本映画初期の傑作。
江戸の伊達屋敷の長屋に無口で無愛想で醜男の田舎武士が着任する。名を赤西蠣太といい、実はお家騒動をたくらむ陰謀派の秘密をさぐりに国元から派遣された密偵だった。調べを終えた蠣太は国元へ密書を届けに帰りたいが、黙って逃げたら怪しまれるので、美女の小波に付け文を送る。フラれて邸中の笑い者になれば逃げ出しても不思議に思う者もいない。だが、蠣太の思惑は外れ、小波は蠣太に好意を寄せていると告白する…。
片岡千恵蔵が醜男の蠣太と、白ぬりの歌舞伎もどきの二枚目・原田甲斐の二役を演じた。音楽もショパンピアノ曲を使ったり、演出に歌舞伎の様式美をとり入れたりと、数々の冒険がいずれも見事に決まっており、伊丹万作の才能の大きさが存分に味わえる。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎1946年に46歳で亡くなってしまった伊丹万作の作品で我々が一般に見ることが出来るのはこの「赤西蠣太」だけである。最近DVD化された原節子主演の「新しき土」は未見だが、共同監督のア−ノルド・ファンクと意見の違いがあったとのことで、厳密には伊丹の作品とは言えないのではなかろうか。他に発掘再現された「國士無双」(20分版)もあるのだが、これはフイルム・センタ−などでしか観ることが出来ない。しかし、伊丹の才能の大きさを知るにはこの「赤西蠣太」一本で充分であると言えるだろう。
今回再見して新たに気が付いたのは、蠣太が小波からの返書を読む場面で、書面に小波の顔が写り、切々と好意を伝える小波の声とともにその姿が浮かび上がって、蠣太の脇にそっと寄り添うように映し出されるのだが、この場面に伊丹万作という人の何ともいえぬ温かな人柄が感じられたのであった。お家騒動が一件落着して、蠣太は小波の実家を訪ねるのだが、ここの省略された会話の可笑しさと、ラストに「♪結婚行進曲」を蠣太と小波の二人の姿に被せるというオチも、気持ちの良いものであった。呑気呆亭