6月20日(水)「丹下左膳餘話 百万両の壺」

丹下左膳餘話 百万両の壺」('35・日活)監督:山中貞雄 脚本:三村伸太郎 撮影:安本淳 音楽:西悟郎 出演:大河内伝次郎/喜代三/沢村国太郎/花井蘭子
★29歳の若さで戦地に没した山中貞雄監督の、現在も残っている3本の作品のひとつ。夭折の天才として今もなお語りつがれる山中貞雄は、サイレント期からト−キ−初期にかけて、短い間ではあったが多くのすばらしい映画と脚本を手がけ、日本の映画史に大きな足跡を残している。
この「丹下左膳餘話・百万両の壺」は山中の最高傑作のひとつとして評価の高いものであり、彼の作品がほとんど失われた今でもこの作品を観ることができるのはせめてもの幸いといえるだろう。
大河内伝次郎丹下左膳といえば、戦前は伊藤大輔によって、戦後もマキノ雅弘によって手がけられたチャンバラものを代表するシリ−ズ。その殺気あふれる剣戟ものを山中はハリウッドの人情喜劇を頭において時代劇ホ−ムドラマの喜劇に換骨奪胎、みごとにアレンジしてしまった。
ちょっとのんきな左膳とその女房のお藤はひょんなことからみなし児のチョビ安を育てることになる。そのチョビ安が金魚入れにして持ち歩いている壺は、実は百万両の謎を秘めたコケ猿の壺だった…。

◎ハリウッド製のサイレント喜劇のギャグの真髄は「繰り返し」にあると喝破した山中は、これでもかとばかりにギャグを連発するのだが、挿入される音楽と、左膳とお藤の絶妙な拍子の会話のやりとりで、その度に分っていても笑わされてしまうのだ。
すべては省略の妙と映像モンタ−ジュのテンポと、挿入される「♪とうりゃんせ」の音楽と、その音楽に乗って所作するチャンバラスタ−の大河内伝次郎の軽妙な動きの意外性と、お藤を演ずる喜代三の何とも言えぬエロキュ−ションの手柄なのだと言えるだろう。もちろんチョビ安の可愛らしさと、柳生源三郎を演ずる沢村国太郎とその若妻の花井蘭子のホ−ムドラマ的な会話の面白さも、この映画をありきたりな作品に終らせなかった重要な要因でもあったのだが。呑気呆亭