6月6日(水)「生れてはみたけれど」

「生れてはみたけれど」('32・松竹蒲田)監督:小津安二郎 脚本:伏見晃 撮影・編集:茂原英雄 出演:斎藤達雄/吉川満子/菅原秀雄/突貫小僧/坂本武
小津安二郎のサイレント期の代表作であるばかりでなく、日本のサイレント映画の白眉として海外にまで知られた傑作。東京の郊外の新興住宅にサラリ−マン一家が引っ越してきた。小学生の息子たちは早くも近所のガキ大将となり、金持ちの息子も子分として従えている。が、父親は会社の上司でもあるその金持ちにペコペコと卑屈な態度ばかりとっている。その情けない父親の姿に耐えきれなくなった息子たちは、憤りを父親にぶつけるのだった…。前半の子供たちの世界の実にユ−モラスな描写から後半、父親をなじり大人の世界を告発する子供のシリアスなシ−ンへと一転、その躍動する画面はサイレントであることをわすれるほどだ。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎'29年の「若き日」である意味ノ−テンキな学生の日常を描いてから、間に同じ伏見晃の脚本で「落第はしたけれど」を含めて15本の作品を撮って、小津は再び伏見晃とのコンビでこの映画を撮った。題名には「大人の見る繪本」との副題が付いている。割れた桃から生まれた裸の男の子の漫画がタイトルバックに使われていて、「繪本」とは何のことかと思わせる仕掛けになっている。
前半の子供の世界の描写は「兄と弟」という後年繰り返し現れた小津の一主題の初出を思わせて興味深く、原っぱというアナ−キ−な空間に展開されるガキたちの抗争も微笑ましくて、それを観る大人たちにもある種の郷愁を与えるのだが、一転して、従えた子分たちの前で自分たちの父親の卑屈な姿を見させられてしまうという、思いっきり残酷な仕打ちを小津と伏見はこの兄弟に与えるのである。
これは無糖のチョコレ−トのように、美味しそうでいて口に入れるとビタ−な「大人の見る繪本」なのであった。呑気呆亭