5月3日(土)「アパ−トの鍵貸します」

「アパ−トの鍵貸します」('60・米)製作・監督・脚本:ビリ−・ワイルダ− 製作・脚本:I・A・L・ダイヤモンド 撮影:ジョゼフ・ラシェル 音楽:アドルフ・ドイッチ 出演:ジャック・レモン/シャ−リ−・マクレ−ン/フレッド・マクマレ−
★数あるワイルダ−作品の中でも「サンセット大通り」と並び称される代表作である。自分のアパ−トを上役の情事の場所に提供することで、出世をもくろむしがないサラリ−マンが、恋することで自分の人生を見つめ直す、というほろ苦い涙と笑いの物語。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎'59年の前作「お熱いのがお好き」では女装、この作品では不倫というかなり際どい題材を扱ながら、共に通俗に堕すことのないのはやはり良く練られた脚本と演出の腕によるのだろう。見る度個人的に気になってならないのは、潔癖症のバド(レモン)にして、どんな気持ちで他人の情事の痕が残るベッドで眠ることが出来たのだろうかということなのだが、セクシュアルな場面を一度も挿入しないことで、その辺りの隠微さをワイルダ−は巧みに逃れている。鍵、襟を飾る花、ティシュ−、点鼻薬、体温計とペン、帽子、鏡の割れたコンパクト、カミソリの刃、テニスのラケット、拳銃とシャンパン、カ−ド等々、これでもかと繰り出される小道具使いの巧みさ、フラン(マクレ−ン)の女としての潔さとバドの誠実さ。ラストに近い部面、バドの気持ちを知ったフランがシェルドレイクも年越しのパ−ティも何もかも振り捨ててバドの元へ走るシ−ンでは、何度見ても目から塩水が溢れ出てきてしまうのだ。さて、今回見直してみて気が付いたのは、睡眠薬自殺を図ったフランを自室のベッドに発見してからのレモンの徐々に変貌して行く演技の凄さであった。裏切られた怒りから事件になることへの戸惑いと、隣人の医者の助けで命を救えたことの安堵と、やがて増して行くフランへの愛情と、自分の保護下にあるフランとクリスマスを共に過ごすことの出来る僥倖の嬉しさと、フランの義兄にノックアウトされ額に慰めのキスを受けての有頂天、この一連のシ−クエンスは他に類を見ない奇跡的な演出と演技であることに、遅まきながら気が付いたのであった。呑気呆亭