3月29日(土)「情婦」

「情婦」('58・米)監督・脚本:ビリ−・ワイルダ− 原作:アガサ・クリスティ 脚本:ハリ−・カ−ニッツ 撮影:ラッセル・ハ−ラン 出演:タイロン・パワ−/マレ−ネ・デイトリヒ/チャ−ルズ・ロ−トン
アガサ・クリスティが自身の短編小説を基に戯曲化した『検察側の証人』の映画化。ミステリー映画というジャンルの中で、間違いなく最高峰に位置する傑作である。金持ちの未亡人を殺した容疑をかけられたレナード(パワー)は、老齢ながらロンドンきっての敏腕弁護士ロバーツ(ロートン)に弁護を依頼。だが“検察側の証人”として法廷に立ったレナードの妻クリスティーネ(ディートリッヒ)から、思いもかけない証言が発せられた…。ミステリーの解説ほど馬鹿げたものはないので、これ以上ストーリーは語れない。ストーリーだけでも充分面白い作品だが、それだけでは名作には成りえない。ロートン、ディートリッヒ、パワーの芸達者ぶりと、ワイルダーの語り口の上手さがあってこそ、ここまでの完成度を誇る映画となったのだ。それは、82年にTVムービーとしてリメイクされた「検察側の証人」が物語以上の魅力を持ち得なかった事でも明らかであろう。<allcinema>

◎ロ−トンもディートリッヒも確かに名演であるが、この映画の成功はタイロン・パワ−を犯人役に起用したことにあるだろう。ラストのどんでん返しの衝撃も、クリスティの原作(未読)をそのまま脚本化したのだろうが、自分に惚れている妻のクリスティーネがこの窮地を何とかするだろうと高をくくっている、この人生を舐めきって恬然たる色悪を見事に造形したタイロン・パワ−あってこそであった。この人の映画では「地獄への道」が記憶に残っているが、彼演ずるジェシ−・ジェ−ムズがやはり類型的に堕すことを免れていたのは、彼の演技力というよりも持って生まれた個性によるものだったように思う。特異な役者である。呑気呆亭