3月12日(水)「飢餓海峡」

飢餓海峡」('65・東映)監督:内田吐夢 原作:水上勉 脚本:鈴木尚之 撮影:仲沢半次郎 編集:長沢嘉樹 音楽:富田勲 出演:三國連太郎/左幸子/高倉健/伴淳三郎/三井弘次/加藤嘉/沢村貞子/藤田進/風見章子/山本麟一
青函連絡船・洞爺丸が台風のために転覆し、1000人以上の犠牲者を出した実話に基づいて書かれた水上勉の小説を映画化。みごとなスリラ−形式の運命劇として内田吐夢の代表作となった。“日本人全体を覆う飢餓状況を象徴する”ため、内田監督は特殊な映像処理を試み、主人公たちの心理の陰影をうまく描写している。また、推理としてあらわれるシ−ンでもレリ−フの効果を出すなど、苦労のあとが見られる。
まだ戦後の混乱さめやらぬ頃、台風が津軽海峡を襲い、青函連絡船が沈没。だが収容した死体は乗客名簿より2名多かった。転覆事故のどさくさにまぎれた殺人事件の犯人を、老刑事・弓坂(伴)は10年に渡って追い続ける。犯人の犬飼はその後、事業家として成功していたが、事件当夜親切にされた娼婦が彼を訪ねてきたため、犯罪が露見するのを怖れて彼女を扼殺してしまう・・・。偶然に翻弄される人間の数奇な運命を、主人公の心の中に潜む善と悪を通して描く。当時、フイルム・カット事件から、内田監督が東映を退社したいわくつきの作品でもある。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎長尺の映画だが何度見ても退屈しないのはスタッフ・キャストの力量によるのだろう。作品としては二部に分かれる。前半は娼婦の杉戸八重(左)の物語であって、苦境から救ってくれたヒゲの大男への感謝の念がいつか恋心に変わって、彼の形見である親指の爪を擬人化してその爪の愛撫に悶えるシ−ンはまことにエロチックで、左幸子という女優の生身が衣装の下で火照り汗ばむ様さえ感じさせたのだった。後半は弓坂(伴)と犬飼・樽見(三國)との対決になるのだが、その対立の構図にも八重の影が色濃く滲んでいて、樽見はその八重を殺したことで己の中で墓に葬ったと信じた犬飼の亡霊を蘇らせ、それによって滅ぼされてしまったのだった。呑気呆亭