8月23日(土)「好人好日」

「好人好日」('61・松竹)監督・脚本:渋谷実 原作:中野実 脚本:松山善三 撮影:長岡博之 美術:浜田辰雄 音楽:黛敏郎 出演:笠智衆/淡島千景/岩下志麻/川津祐介/乙羽信子/北林谷栄/三木のり平
★奈良の大学の数学教授である尾関は、こと数学にかけては世界的な学者だが、数学以外のことは全く無関心で、とかく奇行奇癖が多く世間では変人で通っている。妻の節子はこんな尾関につれ添って三十年。コボしながらも彼を尊敬し貧乏世帯をやりくりしてきたのである。娘の登紀子は市役所に勤めていて、同じ職場の佐竹竜二と縁談がある。二人は好きあっているし節子もこの縁談を喜んでいる。ただ竜二の家は飛鳥堂という墨屋の老舗で、竜二の姉美津子はお徳婆さまに気に入るように色々と格式にこだわるのだ。それに登紀子は両親の顔を知らぬ戦災孤児で、尾関に拾われ今日まで実の娘と同様に育てられてきたのだった。しかし登紀子はそんなことを気にしているのではない。彼女はむしろ父のそばを離れるのが忍びないのである。それと同時に竜二が父の気に入るかどうか、これも気がかりであった。竜二は尾関がしばしば近所のミルク・ホールにテレビを見に行くことを聞き、ある日ポータブル・テレビを持参すると、尾関は喜ぶどころか怒ってしまった。竜二もかっとなり“クソ爺い”などと怒鳴ってケンカになってしまった。そのケンカも尾関の文化勲章受賞の報せで中断された。
尾関は勲章など欲しくなかったが、五十万円の年金がつくと知り、もらう気になり節子と上京した。東京では学生時代にいたオンボロ下宿に泊って主人の修平を感激させた。その夜宿に泥棒が忍びこみ文化勲章が盗まれた。ところで、奈良では尾関の帰りを待ちうけて数々の祝賀会が計画された。そんなわずらわしいことの大嫌いな尾関は、とうとう姿をくらまし、関係者を慌てさせた。そんな騒ぎの中で登紀子は節子が落ちついているのを不思議に思った。「お父さんは下市の和尚さんのところよ」と、自信ありげに節子はいうのだった。登紀子は下市に行き、母の予想が当ったのを知った。登紀子は竜二との結婚の許しを得ようと話をきりだすと、尾関は「好きな者同士なら勝手に一緒になればいいんだ。儂とお母さんは貧乏で結婚式などあげなかったけれども、もう三十年も続いているんだ。盛大な式をあげても三日も持たない夫婦もある」と、淡々と語るのだった。結婚式などどうでもいい、と尾関は言ったが、節子は登紀子のために華やかな結婚衣裳をあつらえてくれた。そして彼女の嫁ぐ日も近づいたある日、盗まれた文化勲章を当の泥棒が返しにきた。幸せそうに肩をならべて帰って行く登紀子と竜二を包むように東大寺の鐘がのどかに鳴りひびくのだった−−。(goo映画)

◎昭和30年代という長閑な時代と古都奈良という現代離れした土地に、“生まれたまんま”の奇人数学者が酒好きの淑やかな妻と可愛い娘と住んでいる。いきなり奈良の大仏のアップから始まるプロロ−グから、我々平成の観客は時空を超える旅に誘われる。そこでは見るモノ(小道具・風景・建物)聴くモノ(滑らかな奈良言葉)平成の観客には心地良く、主人公の奇行・奇癖に振り回されるてんやわんやの人間模様も、そこに何の悪意もないことに安心しながらそれぞれの役者さん達の表情と台詞を楽しむことが出来る。笠智衆淡島千景が素晴らしい。笠は小津作品の役柄とは違ったキャラクタ−を淡々と楽しむかのように演じ、淡島千景はその奇行の人を支え続けて来た妻を淑やかにしっとりとした美しさで造形して見事であった。この作品の当時の評価は知らないが、今となってみれば貴重な忘れられた名作である。呑気呆亭