3月30日(土)「あらくれ」

「あらくれ」('57・東宝)監督:成瀬巳喜男 原作:徳田秋声 脚本:水木洋子 撮影:玉井正夫 音楽:斎藤一郎 美術:河東安英 出演:高峰秀子/上原謙/森雅之/加東大介/東野英治郎/岸輝子/宮口精二
徳田秋声の日本自然主義文学を代表する同名小説を元に、水木洋子が脚色し成瀬巳喜男が監督した文芸ドラマ。近代日本で懸命に生きる女性の波瀾万丈の人生を綴る。高峰秀子がまさに「あらくれ」なヒロインを豪快に演じている。
庄屋の娘であるお島は、田舎での結婚話を嫌い東京へ逃げ出した。神田にある商店の主人の後妻となるが、勝ち気な性格が災いし大喧嘩の果てに家を飛び出してしまう。たどり着いた寒村の旅館で女中として働き、若旦那と関係を結ぶが、彼には病気の妻がいた。妻の病気が治れば、自分の居場所がない。お島は再び東京へ戻り洋服店で勤めることに。洋服職人の小野田と店を持つようになり、家庭も商売も軌道に乗るようになった。そこへ小野田の父親が同居することになったが、その父親は酒飲みで気難しい男だった。

◎この高峰秀子という女優さんほどふくれっ面が似合う人はいない。その上なんとも不思議なふて腐れのエロキュ−ションで台詞を発する。その特色が盛大に発揮されたのがこの「あらくれ」という映画である。その高峰演ずるお島を囲む男優たちが、その高峰に触発されてかそれぞれに予期せぬ仮面を付けて登場するのが、この映画の見所であろう。彼女の最初の夫上原謙のまるで爬虫類めいたおぞましさ。病身の妻の存在をネタにインテリらしく弱々しげにお島にまとわり付く森雅之。実直な職人の仮面を被ってお島の体と才覚を狡猾に利用する加東大介。そして借金のカタにお島を山奥の温泉旅館に置き去りにして、お島に金が出来るとどこからともなく現れて小銭をせびる兄貴の宮口精二。それぞれの男優たちのこれまで見せたことのない一面を引き出して見せたのは、確かに演出の成瀬巳喜男の腕なのだろうが、この高峰秀子という女優さんの存在感が男たちをそそのかしたという一面もあったのではなかろうか。何度でもゾクゾクするような嬉しさと共に観返すことの出来るこれは傑作である。呑気呆亭