12月11日(火)「浮草物語」

「浮草物語」(38・松竹蒲田)監督・脚本:小津安二郎 脚本:池田忠雄 編集・撮影:茂原英朗 出演:坂本武/飯田蝶子/三井秀男/坪内美子/突貫小僧/八雲理恵子/西村青児
★池田忠雄=小津安二郎の名コンビによる人情ものの傑作。ドサ回りの一座の座長・喜八は、むかしの女のいる田舎町に興行に行く。女には喜八の子供がいて立派に成長し、喜八をおじさんだと思い込まされている。一座の看板女優で、喜八の情婦でもある女は、昔の喜八の女に嫉妬して、妹分の女優に喜八の息子を誘惑するようにしむける。騒動がおこり、息子はおじさんだと思っていた喜八が実の父だと知ってしまう…。坂本武を主人公にしたいわゆる“喜八”ものの一昨で、旅一座の哀感と、人々の細やかな心情とを小津ならではの淡々とした空間に描いた。'59年に大映で小津自身が「浮草」の題名でリメイクした。(ぴあ・CINEMA CLUB)

伝統芸能として大劇場で公演される歌舞伎の影に旅回りの一座があり、その東京周辺の常設館としては浅草の「木馬館大衆劇場」と北区十条の「篠原演芸場」と川崎の「大島劇場」がある。このうち大島劇場は未見だが、篠原と木馬館には何度か行っている。十条の「篠原演芸場」は畳敷きで、この映画の小屋の雰囲気にとても似ている。こうした大衆演劇で大事にされている演目は長谷川伸氏の股旅物である。伸さんはこうした旅回りの一座に自分の作品を快く提供して、上演料などというものを請求することは一切しなかったと聞く。こうした畳敷きの小屋で大衆演劇を観るというのは、大劇場で歌舞伎や文楽やらを鑑賞するのとはまるで違う、一種特殊な経験である。それはこの舞台上に登場する役者たちが、江戸期の河原者と同様、木戸銭と投げ銭の収入のみに頼って生活しているということが切々と伝わってくるからである。そのために彼らが見せるプライドと卑下のギリギリの境目を生きる様相が、まるで綱渡りを見上げるかのような緊張感を観る者に与えるのである。この映画の喜八を演じる坂本武とおたかを演ずる八雲理恵子の遣り取りにも、足を踏み外せば明日にも奈落に落ちかねぬ生活者の切迫したリアルを感じたのだった。呑気呆亭