7月31日(火)「長屋紳士録」

「長屋紳士録」('47・松竹大船)監督・脚本:小津安二郎 脚本:池田忠雄 撮影:厚田雄春 音楽:斎藤一郎 出演:飯田蝶子/青木放屁/小沢栄太郎/河村黎吉/吉川満子/笠智衆/坂本武
★太平洋戦争中、多くの映画監督が招集されたり、軍属として戦地にかり出された。なかには山中貞雄のように不幸にも命を落とす者もあったが、小津安二郎はシンガポ−ルで捕虜となり'46年に帰国。その後に撮り上げた戦後第一作がこの作品である。戦後の映画界では軍部による統制が解かれ、軍制批判の題材をとり上げる映画作家が続出したが、小津はそんな風潮には迎合せず、サイレント期の「出来ごころ」「浮草物語」「東京の宿」などの坂本武を主人公とした“喜八”ものをとり上げた。だがここでは喜八本人はむしろ脇役で、相手役の“かあやん”が主人公となっている。
荒廃した焼け野原となった東京を舞台にして、親にはぐれてしまった子供が長屋に連れてこられる。人々はグチをこぼしながらも次第にその子どもと情が通じるようになり、やがてその子は長屋になくてはならない人気者になる。しかしある日子供の父親が姿を現した…。
ほのぼのとした人情とユ−モアにあふれる作品であり、小津の作品中もっとも温かい感情に満ちた一編といえる。笠智衆ら長屋の連中が酔っぱらって“のぞきからくり”の口上をうたいはじめるシ−ンのにぎやかな盛り上がりは抱腹絶倒もの。(ぴあ・CINEMA CLUB)

◎「路頭に迷う」という言葉の意味をこの制作年だからこそ、切なくも可笑しく考えさせてくれる小津の傑作である。'36年の「一人息子」で抑制された名演を見せた飯田蝶子が、下町のにぎやかな“かあやん”を見事な演技で造形して見せる。そのかあやんを悩ませる、親にはぐれた子供を演ずる青木放屁(突貫小僧=青木富夫の弟)も、常にポケットに手をつっこんでいる無口で強情で段々可愛くなるガキを自然体で表していて好感が持てる。その子の肩をゆするクセが意見をするかあやんの肩にも移ってしまうギャグが可笑しく、全編どの画面にも小津の温かなまなざしを感じさせるギャグがちりばめられていて、映画を観るという快楽を味あわせてくれるのである。呑気呆亭