5月23日（水）「沓掛時次郎」

「沓掛時次郎　活弁ト−キ−版」('29・日活太秦)監督：辻吉郎　出演：大河内伝次郎/酒井米子
★やくざ渡世の義理のために一匹狼の渡世人・沓掛時次郎はひとりの男を斬るが、その男の死に際の頼みで女房と子どもを彼らの実家へ送り届ける旅をすることになる。旅を続けるうちに、時次郎を夫の敵と憎んでいた彼女の心も次第に変わっていく…。(ぴあ・ＣＩＮＥＭＡ ＣＬＵＢ)

◎監督の辻吉郎と脚本の如月敏は長谷川伸の原作にはないエピソ−ドを付け加えた。
やくざ渡世にいや気がさした時次郎は長脇差も捨てて母子連れの旅をするのだが、やくざ渡世のほかに身過ぎ世過ぎの手立てもないこととて、子どもにも満足に食わせられぬほどに困窮する。そして、漸く辿り着いた熊谷宿近くの川べりで、行き倒れの鳥追い女の死骸を見つける。その女芸人の手にした三味線を手を合わせて拝借し、おきぬの三味線と時次郎得意の追分節で門付芸人として稼ぐ手段を得たのだった。

行き倒れという当時の旅の過酷さを象徴する事象をさりげなく挿入することで、この作品は舞台劇の原作の書割の前でする芝居という制限を脱して、厳しく辛い流浪の旅の生活をリアルに描くことに成功したのだ。呑気呆亭