9月17日(水)「サンダカン八番娼館 望郷」

「サンダカン八番娼館 望郷」('74・東宝俳優座)監督・脚本:熊井啓 原作:山崎朋子 脚本:廣沢栄 美術:木村威夫 撮影:金宇満司 音楽:伊福部昭 出演:栗原小巻/田中絹代/高橋洋子/水の江滝子/水原英子/藤堂陽子/田中健/小沢栄太郎/中谷一郎/岩崎加根子/浜田光夫
★南方の島へと売春の出稼ぎに渡った“からゆきさん”と呼ばれる日本人少女たちの、辛く波乱に満ちた実態を描き第4回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した山崎朋子の原作を、社会派・熊井啓監督が映画化。女性史研究家・三谷圭子は、“からゆきさん”のことを調べる過程で天草で小柄な老女サキと出会った。サキがからゆきさんと確信した圭子は、彼女が経験した過去を聞き出すため、共同生活を始める。やがて、サキはその重い口を少しずつ開いて、あまりにも衝撃的な生涯を語り始めるのだった…。本作が遺作となった日本映画を代表する女優・田中絹代が全霊をこめた演技で自らの最期を飾った。<allcinema>

◎「神韻縹渺」という言葉がある。あえてこの難しい漢語を使いたくなるほどにこの映画での女優・田中絹代の演技は奇跡的なオ−ラを放っていた。栗原小巻という女優さんはワタクシ的にはあまり好きなタイプではないのだが、この映画では彼女の“鼻がウソをついている”顔が、監督の熊井啓はその意図をもってキャステイングしたのかと疑うほどに、作意を持ってサキに近づこうとするインテリ女史・圭子に合っていた。その栗原が猫と得体の知れぬ虫が跋扈するサキのボロ屋にもじもじと尻を落ち着けることを一歩として、泊まり込んでサキの話を聞き出し聴き入り記録する課程で、その話の力によって人としてのリアリティを取り戻して行き、ラストで己の作意を告白し、サキに受け入れられ、その“からゆきさん”の物語を紡ぐ資格を持つ女となる。付け加えて言っておかねばならぬのは、サキの若き日を演じた高橋洋子の好演と、“からゆきさん”たちの母でありボスでもあったおキクさんを演じた水の江滝子の圧倒的な存在感があったからこそ、サキの生涯を物語る女優・田中絹代の演技にあれだけの凄みが備わったのだろうと思う。それにしてもおキクさんと“からゆきさん”たちの祖国ニッポンに背を向けて建てられた無言の墓は何度見ても衝撃的である。呑気呆亭